ウイスキーを語る上で欠かせない要素の一つが「ピート」です。特にスコッチウイスキーの愛好家の間では、ピート香の強いウイスキーは特別な存在として愛されています。
しかし、ピートとは具体的に何なのか、なぜウイスキーに使われるのか、どのような香りがするのか。これらの疑問を持つ方は多いのではないでしょうか。
本記事では、ウイスキーにおけるピートの基礎知識から、ピート香の特徴、そしておすすめのピーテッドウイスキーまでを徹底的に解説します。ピートを知ることで、ウイスキーの世界がさらに広がることでしょう。
ピート(泥炭)とは|自然が生み出す芳香の源
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ピートの定義と形成過程
ピート(peat)は、日本語で泥炭と訳される天然の有機質土壌です。湿生植物が枯れて、低温多湿の環境下で長年にわたり分解が不十分なまま自然に堆積してできた高有機質土のことを指します。
正確には非コロイド質の有機質物質からなる土に対しての総称であり、土壌学の分野ではドイツを範として定めた有機物含有量が50%以上のものを泥炭と呼ぶのが一般的です。
ただし、この基準は国によって異なります。カナダでは「muskeg(異義語でmaskek、maskeg、mashkigなど)」と呼ばれ、国や地域によって呼称が変わります。これは昔からその土地で暮らしてきた民族ごとに呼称が違うことに起因しています。
ピートの形成には以下の4つの条件が必要です:
- 十分な湿気がある
- 枯れた植物が堆積しやすい
- 水が溜まりやすい地盤
- 枯れた植物が分解しにくい温度であること(平均気温が20℃以下)
これらの条件さえ揃えば、世界中のどこでもピートは形成されます。実際、日本でも北海道だけでなく、尾瀬や九十九里でも採取できます。
ピートの形成速度と厚さ
ピートは水や気象条件によっても変わりますが、一年平均1mmずつ形成されます。日本の場合では最高数mほどの厚さのところがあります。
この非常に遅い形成速度を考えると、ピートは自然が何千年もかけて作り上げた貴重な資源であることが分かります。
世界のピート分布と埋蔵量
泥炭地の面積は世界でおおよそ約400万km²に達するといわれており、世界の陸地面積の約3%です。
その約95%がロシア・カナダ・アメリカ・フィンランド・スウェーデン・ノルウェー・インドネシア・中国の8か国に集中しており、最も多いのはロシアです。
泥炭の埋蔵量は乾燥状態の質量で5000億~6000億tにのぼるともいわれています。この膨大な量のピートが、世界各地でウイスキー製造をはじめとするさまざまな用途に活用されてきました。
ウイスキーにおけるピートの役割|燃料から香りへ

スコットランドにおけるピートの歴史的重要性
スコットランドでは、ピートは庶民にとって生活必需品でした。年間を通して20℃以下になることが多いスコットランドでは、ピートは身近な存在だったのです。
石炭の代わりとして使用されたピートは、木材よりも燃えやすく乾燥しやすい燃料として重宝されました。むしろ、イギリスで最初に石炭の採掘をしたのはスコットランドであり、イギリスで採掘量が最も多かったのもスコットランドです。
しかし、イギリスで起こった産業革命を大いに支えた石炭は、あくまでも製造業においてのことでした。庶民の生活では、安く近場で採取できるピートがもっとも好まれたのです。
製麦工程におけるピートの使用
ウイスキーにおいてピートの役割は、元々は燃料としてのものでした。石炭・石油が一般的に使用される前は、近場で安価に利用できる燃料が必要だったのです。
製麦後(フロアモルティング後)の麦を乾燥させるためにキルン塔が使用されます。キルン塔の上の階でフロアモルティングを行い、下の階で燃料としてのピートを焚き、スモーキーな香りがそのまま乾燥された麦につき、糖化→発酵された後、蒸留器で蒸留される際にも、燃料として使用されたのもピートでした(今は使用されることはあまりありません)。
つまり、ピート香は風味付けや味付けの一種だと思っている人が多いですが、それは根本的に間違いで、ピートの役割は元々は燃料としてであり、その結果として麦にスモーキーな香りが付いたというのが歴史的事実なのです。
日本のウイスキーとピート
日本のウイスキーの父ともいわれる竹鶴政孝はは最終的に本場のウイスキー蒸留所であるヘーゼルバーン蒸留所(当時はキャンベルタウンにあった)で多くを学び、日本のサントリーの山崎蒸留所で働き、その後、北海道の余市で余市蒸留所を建設します。
なぜ北海道なのかと聞かれれば、スコットランドと同じ気候であり、綺麗な水、大麦(二条と六条)の生産が可能な土地、そして、日本では数少ないピート(泥炭)が取れる地だからと竹鶴政孝ならそう答えるでしょう。
竹鶴が日本で作った初期のウイスキーは日本人の口に合わず、のち日本人の口に合うように改良されました。それは当時の日本人にはピートというものに馴染みがなかったからでしょう(本場のウイスキー=今でいうヘビーピートぐらいだったのかもしれません)。
日本では、今でもそうですがピートはあまり歴史的にみて重要視されません。しかし、スコットランドにおいては別です。ピートはスコットランドにおいては、生活必需といっても過言ではないものでした。
ピーティーとは|テイスティング用語の正しい理解

「ピーティー」という表現について
テイスティングコメントで「ピーティー」と書く人が多くいます。この「ピーティー」という言葉はピート香のこと全般を指す言葉ですが、イギリス本国では正確なテイスティングコメントではあまり使用されません。
正確なテイスティングコメントは「〇〇 peat」というのが一般的です。
また、一部のウイスキーファンの間で使用されている「ピーティ・メディシナル・ハーシュ」もあまり使用されず、この言葉はラ・メゾン(フランスにあるウイスキーショップ)などがワインソムリエのテイスティングで使用される言葉などを引用して書いていることが多いのです。
ウイスキーのテイスティングコメントが体系化されていないために起こったことで、個人的にはその国にあった分かりやすいテイスティングコメントであれば良いですが、わざわざイギリスで使用されているみたいに書くのはどうかと思います。
スコットランドで認知されている日本のテイスティング表現
一方で、スコットランドのブレンダーや蒸留所責任者に認知されている日本のテイスティングコメントがあります。それは「正露丸」です。
向こうでいうところのスモーキーピートがこの正露丸に当たります。この表現は、日本人の感覚を的確に伝える独自のテイスティング用語として評価されています。
ピート香の特徴|多層的な味わいの世界

ピート香の多様な表現
ピート香があるウイスキーの特徴は全体的には、以下のような香りが現れます:
| 香りのカテゴリー | 具体的な表現 |
|---|---|
| 柑橘類 | レモン・グレープフルーツ |
| 薬品臭 | 正露丸・病院のアルコールや薬品臭さ・ヨード香 |
| 燻製 | 肉・魚の燻製、煙臭い(火薬・焚き火) |
| 潮 | 海・塩 |
ただし、全部が出るわけではなく、樽とピートが合わさることでこういった味が出てきます。使用される樽の種類や熟成期間によって、ピート香の表現は大きく変化します。
フェノール値(ppm)とは
ピーテッドウイスキーを語る際によく登場するのが「フェノール値」です。これは麦芽に含まれるフェノール化合物の量を示す指標で、ppm(parts per million:100万分の1)という単位で表されます。
一般的に:
- 25ppm以下:ライトピート
- 25-40ppm:ミディアムピート
- 40ppm以上:ヘビーピート
ただし、フェノール値が高いからといって必ずしもピート香が強いとは限りません。蒸留過程や熟成によってフェノール値は減少し、最終的なボトリング時の香りとは異なる場合があります。
おすすめピーテッドウイスキー4選|初心者から上級者まで
1. ボウモア 12年|4,500~6,600円
ピートを語る上で絶対に飲むべきであり、ピート初心者に比較的飲みやすいのがボウモアです。
値段もお手頃なうえに、年々美味しくなる「アイラモルトの女王」と呼ばれるボウモア。ピートのウイスキーの中では優しいピートで、蜂蜜、シトラスやレモンピールに近い淡い柑橘系の味がします。
アイラの特徴でもある潮っぽさもあり、ハイボールにするのがオススメです。爽やかな柑橘の香りと潮の風味が炭酸と絶妙にマッチします。
フェノール値:約25ppm
2. ラフロイグ 10年|5,600~7,600円
ボウモアが「アイラの女王」ならラフロイグは「アイラの王」とこちらもピートウイスキーを語る上で外すことができないウイスキーです。
ボウモアとは違い優しいピートではないため、分かりやすく正露丸が感じられます。薬品系の味に、潮が混じっているため人によっては塩漬けのハム(プロシュート)を思うかもしれません。
そして、ピート特有の柑橘、オレンジやレモンが最後に出てきます。この複雑な味わいの変化がラフロイグの魅力です。
フェノール値:約45ppm
3. アードベッグ 10年|4,500~6,000円
オクトモアというウイスキーが出るまではスタンダード品の中ではピートのフェノール値が最も高く、アイラモルトの中でもカルト的人気が高いアードベッグ。アードベッグの熱狂的なファンのことをアードベギャンといいます。
味は分かりやすいスモーキーな上に、飲み続けるとグレープフルーツのような柑橘が分かりやすく出てきて、バーボン樽由来の甘さであるバニラやモルトの麦特有の甘さが出てきます。
ピート香の強さと複雑さのバランスが絶妙な一本です。
フェノール値:約55ppm
4. ラガヴーリン 16年|9,800~12,000円
「アイラの巨人」といえばラガヴーリン。今では8年の方がスタンダード品となりましたが、ラガヴーリンといえば16年物こそがスタンダード品のイメージが強い上に、分かりやすくラガヴーリンらしさが出ます。
スモーキーなアイラ系のウイスキーの中でもまろやかなピートやクリーミーな感じがするのはスタンダード品の中ではラガヴリーンぐらいでしょう。
海藻の潮っぽさやバーボン樽とシェリー樽由来の塩キャラメルが分かりやすく出ています。16年という長期熟成ならではの深みと複雑さが楽しめます。
フェノール値:約34~38ppm
比較表|おすすめピーテッドウイスキー4選
| 銘柄 | フェノール値 | 特徴 | おすすめの飲み方 |
|---|---|---|---|
| ボウモア 12年 | 約25ppm | 優しいピート、蜂蜜・柑橘系、「アイラの女王」 | ハイボール |
| ラフロイグ 10年 | 約45ppm | 正露丸・薬品系、プロシュート、「アイラの王」 | ストレート、ロック |
| アードベッグ 10年 | 約55ppm | 強烈なスモーキー、グレープフルーツ、バニラ | ストレート |
| ラガヴーリン 16年 | 約34~38ppm | まろやか、クリーミー、塩キャラメル、「アイラの巨人」 | ストレート、加水 |
ピーテッドウイスキーの楽しみ方|初心者へのアドバイス

段階的にピート香に慣れる
ピーテッドウイスキーが初めての方は、まずボウモア12年から始めることをおすすめします。比較的優しいピート香で、ハイボールにすることでさらに飲みやすくなります。
慣れてきたら、次はラガヴーリン16年やラフロイグ10年に挑戦し、最後にアードベッグ10年のようなヘビーピートに進むという段階を踏むと、ピート香の魅力を存分に楽しめるでしょう。
飲み方のバリエーション
ピーテッドウイスキーの楽しみ方:
- ストレート:香りと味わいをダイレクトに楽しむ
- ロック:冷やすことでピート香がマイルドに
- トワイスアップ:常温の水を同量加えて香りを開かせる
- ハイボール:炭酸で爽やかに(特にボウモアにおすすめ)
食事とのペアリング
ピーテッドウイスキーは食事とのペアリングも楽しめます:
- 燻製料理(サーモン、チーズなど):ピート香と燻製香の相乗効果
- 塩味の強い料理(生ハム、アンチョビなど):潮っぽさとマッチ
- チョコレート:特にダークチョコレートとの相性が抜群
- 牡蠣:海の香りとヨード香の調和
まとめ|ピートがもたらすウイスキーの世界

ピートの本質|自然と歴史が生んだ芸術品
ピートは、ウイスキーに独特の個性と複雑さをもたらす重要な要素です。元々は燃料として使用されたピートが、結果的にウイスキーに豊かな香りを与えることになったという歴史的背景も興味深いところです。
ピートの重要ポイント:
- 湿生植物が長年堆積してできた天然の有機質土壌
- 形成には年平均1mmという気の遠くなる時間が必要
- スコットランドでは生活必需品として使用された歴史
- 元々は燃料として使用され、結果的に麦に香りが付いた
ピーテッドウイスキーの魅力:
- 正露丸のような薬品香から柑橘、潮まで多層的な香り
- フェノール値によって異なる個性(25ppm~55ppm以上)
- 樽との組み合わせによる無限の可能性
- 飲み方によって表情を変える奥深さ
一杯のグラスの中に、何千年もかけて形成されたピートと、蒸留所の伝統と職人技が凝縮されているのです。
ピーテッドウイスキーをより深く楽しむために|実践的なアドバイス
ピート香が苦手だと思っていた方も、適切な楽しみ方を知ることで新しい発見があるかもしれません。ここでは、ピーテッドウイスキーをより深く味わうための実践的なポイントをご紹介します。
テイスティングの基本テクニック:
- 香りを楽しむ順序
- まずグラスに鼻を近づける前に、グラスを軽く回す
- 最初は少し離れた位置から香りを確認
- 徐々に近づけてピート香の層を感じ取る
- 口に含む前と後で香りの変化を楽しむ
- 適切なグラスの選択
- ストレート:チューリップ型のテイスティンググラス
- ロック:厚みのあるロックグラス
- ハイボール:背の高いタンブラー
- グラスの形状で香りの立ち方が大きく変わる
- 温度による変化を楽しむ
- 常温(約18~20℃):ピート香が最も開く
- 冷やす(約10~15℃):ピート香がマイルドに
- 加水:香りが立ち上がり、新たな香りが現れる
保管と管理のポイント:
- 直射日光を避け、涼しい場所で立てて保管
- 開封後は3ヶ月~6ヶ月以内に飲み切るのが理想
- ボトルの空気の量が増えると酸化が進むため注意
- コルク栓の場合は定期的に横に倒して湿らせる
ピートウイスキーの世界を広げる方法:
- ウイスキーイベントやテイスティング会に参加する
- 同じ蒸留所の異なる年数や樽違いを比較する
- テイスティングノートを付けて自分の好みを分析
- アイラ島以外のピーテッドウイスキー(日本、アイルランドなど)も試す
ウイスキーの世界において、ピートは単なる風味付けではなく、その土地の自然と歴史が生み出した芸術品です。一つひとつの銘柄と向き合い、自分なりの楽しみ方を見つけることで、ピーテッドウイスキーの奥深さを実感できるでしょう。













